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化学系の転職など。イロハ

どーなってんだ化学系、こんなはずじゃ…と思ったら見て

私が入社から5ヶ月で退職した理由

転職 化学

目が覚めるまで約8分/2017年1月6日更新

 

はじめまして、かがくしです。

 

初投稿からこんな事書くなんてね、

どうかしてるだる

 

はい、幕開け。

 

学生時代、就職活動は

思い出すは研究の日々…

学科イチの恐ろしさを誇る教授に

研究をボロクソにいわれては

その合理的な罵声に

言い返せない自らの

浅はかさを

思い知らされながら

 

私はアメフラシをイジッていた。

 f:id:chemist7bachelor:20161108002619j:plain

 

そんな中の就職活動。

実際、

 

毎週レポート、

ツキイチでゼミ

就職活動

プレッツェル焼いて

みかん詰め。

 

こんな忙しいの。

伝われテレパシー

そんなこんなで

決まらない就職に

だんだん焦りを感じ

 

焦りを通り越して

開き直り。

もういいやこの2社で。

落ちたら、

 

オフトゥン入ってくる。

 

そのぐらいの気持ちだった。

 

この時

内定解禁時期から

1ヶ月経っていたため、

周りは6,7割内定getしていた。

 

面接では、

化学の知識を活かせるか

伺ったところ、

 

「そうですね。機械装置の運転をしていただき、

化学の知識を活かして、工程改善して貰います。」

 

私はここでデスクワークをイメージ。

ほんとナンセンス

 

思いのほか、片方の1社に合格した。

神は私を見捨てなかった!

しかしこれが転職への片道切符とは

知る由もなかった。

 

私は何とか大学を卒業し、

化粧品の製造をすることになった。

 

ついに入社!その後

ここからは心臓に

良くないかもしれないので、

 

ZOO~愛をください

でも聞きながらコーヒーをどうぞ。

 

入社 ~ 1 ヶ月後

 

化学の知識が活かせること

 

湯せん(原料を温める)

水酸化カリウム(危険と分かる)

 

ぐらい。

というか、これぐらい

誰でも覚えりゃ分かる。

単調作業しかない。

頭を使わな過ぎて

1日5時間睡眠でも

脳はフレッシュ。

体はバンテリン

 

22 kgの一斗缶を運んでは

6 t釜に。

20 kgの紙袋を持っては

6 t釜に。

往復15回、2セット

その効果は1周間で5 kg減量!

 

ブートキャンプか。 

 

もういい。

人間関係良ければ

なんとかなるよな。

 

と。思っていた自分に

 

はかいこうせん」を

送る方法はないのかな。

 

いつのまにか3人退職。

 

1 ~ 2 ヶ月後

 

足の指の感覚が

正座した後のように

ずっと麻痺した状態になる。

病院行く暇なし。

 

ふと周りを見渡せば、

60歳の役職が

自分と同じ作業をしている。

ずっと。

 

将来の自分が

見えたような気がした。

60歳とは言ったが、

天空の城ラピュタ

ダッフィーのような体型。

matome.naver.jp

 

この頃から、

サービス残業80時間近く。

慣れない一人暮らしに

慣れない重労働。

 

休みの日に

1日中横になっていても疲れがとれず

普段飲まない酒に

手が伸びるようになる。

 

アルパカうまいよね。

 

ついに試練が訪れる。

土曜日出勤。

作業が遅れ、18:00にお昼ごはん。

作業のバディはこう言っていた。

 

「もう夜ご飯だよね、へへh」

 

審判に頭ごっつんしたジダンの気持ちが分かったよ。

23:00に帰宅。

 

1週間に1回は必ずバッドな

ビッグイベントが用意されているようだ。   

 

とある一日。

上司に嫌なことを言われたのか、

「もうやだ、帰る!」

昼下がりに優秀な派遣1人いなくなる。

作業ぶん投げ。以降行方不明

 

私が教える立場に。

 

1週間後。

私の上司がダッフィーに。

 

最初は普通だったが、

いきなり初めての作業を

当たり前のように任され、

 

「あぶねえな」

「頭使えよ」

 

そこで様子を見ながら

先回りしようとすると

 

「誰がやれといった?」

「言う事聞かねえな」

 

5日後。

12時間以上罵声だけの現場で。

ここまで毎夜泣いていた。

私の心が折れ、

ついに

 

「耳が悪くて

 聞き取れなかったんです」

 

と心の声が出てしまう。

(実は私、難聴)

f:id:chemist7bachelor:20161108004352j:plain

 

するとダッフィーは

 

「お前よ、

 そのミスを耳のせいにするのは

 バカ。」

 

その後も罵声で、

最低限聞かないと分からないことも

 

「あぁっ!?」

 

と罵声から始まるため、

会話ができない。

 

聞くのが嫌になって、

分からないことを

そのままにして

作業をするようになり、

またミス。

罵声。

 

それでも悪いのは自分だと

言い聞かせ、作業終了後に

 

「今日は本当にご迷惑を

 お掛けして申し訳ありませんでした」

 

と深くおじぎ。

ダッフィーはそれを

振り向きもせずに無視。

 

これが一番心に刺さりました。

どこまで、

どこまで

私を追い込めば気が済むのだろう。

 

私は涙が止まらなくなり、

意を決して、次長にありのままを話しました。

 

すると次の日は

ダッフィーではない人とバディに。

 

次長は

 

「コイツ辞めそうだな」

 

と感じたのでしょう。

万年人手不足のため、

1人でも辞められたら

工場が回らなくなります。

 

何はともあれ、

ダッフィーさえいなければ

まだ頑張れると思っていました。

 

精神的には

なかなかキテいたようで、

後から親に聞いた話では、

 

「あそこにいたら

 お前は壊れてしまいそうだった」

 

とのことです。

 

2 ~ 3 ヶ月後

 

ある資料を見ると、

3月に役職なしの社員(派遣含め)

が20人いたが、

7月の時点で2人しか残っておらず、

全て新人に入れ替わっていた。

 

バトルロイヤルでもやってんのか?

 

ドライでコミュニケーションがない

現場では、

気軽に話せる人が近くにいなかったため、

私は2日連続で休みがあれば実家に帰る。

 

唯一話せる同期とは担当場所が異なるため

3ヶ月ぶりに話す。

それぐらい同期と話す時間を

設けるのが難しいのだ。

 

ついにまたイベントが。

管理職から呼び出される。

1人で1つの釜をやってくれとのこと。

実は釜の機械は2,3回しか触ったことが無い。

1人では厳しいといったら、

 

「今まで君には簡単な工程のものを任せていたんだよ。

 質問する暇あったでしょ。

 3ヶ月も経ったのに出来ないのは困るんだよ」

 

と、おっしゃる。

今までの状況を見た

皆さんならお分かりのはずだ。

 

どう考えても十分に質問できるような

状況では、無い。

議論はうやむやに。

 

私は、せめて次の代は

楽をさせてやりたいと思い、

その場でマニュアル作りを申し出た。

 

マニュアルがあれば、

なんでもかんでも上司に

聞く必要はなくなるではないか!

管理職の返事は

 

「マニュアルを見ながらじゃないと

 作業出来ない人間が現れるから良くない」

 

の一点張り。

なにを言っても。

あーそうですか。

ふぁっくゆー。

 

3 ~ 4 ヶ月後

 

自力で作業効率化を図り、

1時間程早く終わるようになった。

 

「早く終わったならあっちの作業手伝ってくれ」

 

と次長に言われ、結局サービス残業

 

また別の日。

管理職が製造で上手くいかず、

作り直しで深夜2:00まで働き、

工場の休憩所で寝たのか

その後6:30から働いていた。

 

心なしか、管理職は

目がうつろだった。

当たり前か。

普通と異常の区別が

付かなくなってきた。

 

私はもう機械のように

なっていた。多分。

友人の遊びの誘いが

煙たいと感じた。

 

大きな音を聞くと

罵声と勘違いし、

動悸がした。

 

将来はダッフィーになるのか。

もう何も面白くない。

死ぬか。

だめだ。

 

数日後。

今まで親に隠していたが、

工場でのビッグイベントを

全て話した。

 

「お前にあっている職は他にもあると思うよ」

 

と、実質辞めても良いともとれる返事を頂いたのです。

そうして、

私は会社を辞めても良いのだと

考えるようになった。

 

2週間後。

適当に仕事している時の方が

ミスが少ない謎。

 

この2週間で私は

転職エージェントを利用したり、

友人に現状を聞いて貰ったりした。

 

友人が凄く楽しそうで、

羨ましかったが、

何より話を真剣に聞いてくれた。

それが本当に嬉しかった。

 

最初こそ反対されたものの、

最後は皆が私の退職に

背中を押してくれた。

 

そうして、

退職の意向を次長に伝えた。

 

後日、工場長に呼び出され、

退職を引き止められる。

私はどうしても

研究がしたいと、

いつか部署を変えられないかと

伺ったところ、

 

「うちはジョブローテーションをしない」

 

と言われる。

さらに、3週間後には辞めたいと

伝えたところ、

 

「やめるならもっと長くやってくれ、

最低でも1ヶ月は常識だよ」

 

と付け加えられる。

一応退職は決定した。

 

4 ~ 5 ヶ月後

 

消耗戦に入る。

工場内では作業が早いと

言われるように。

 

数日後。

営業の同期が1日に2人も退職、

製造の上司も1人退職。

営業は辞職の意向を示した時点で

 

「明日から来なくていいよ」

 

と言われる仕様。理不尽。

営業までも酷い環境とは知らなんだ。

営業の人のグループLINEを以下に。

 

「上司が、うちは北朝鮮だからね

 って言ってたよ」

「そうそう」

「ついていけなくて脱北したw」

脱北w」

 

さらに数日後。

新しく入社したアルバイトが

1日仕事をして、その後行方不明。

 

最終的には

辞める3週間ぐらい前に、

とある主任とバディで仲良くなり、

19:00までには帰らせてもらっていた。

 

最後の出勤。

人の親切がうれしかったので、

とある主任がよく飲んでいた

ポカリスエット

を分かりやすい場所に置いて

工場を後にした。

 

辞めた理由は、物語の中に。

ザッツ・オール。

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